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2016.04.11

こうすけのぽつりひとりごと


第六回 若

早いもので本誌1988も創刊から一年経つそうだ。創刊にあたり老婆心で偉そうにアドバイスしたりしていたのが1年以上前とは時の経つのはいつも早く本当に残酷で恐ろしい。

このコラムがあるから定期購読してくれている方が相当いらっしゃると言われている僕のこの人気コーナーも本来ならば8回目のはずなのだが、なにしろ2回落としているので6回目となる。偉そうにアドバイスしたあの頃の自分に「変わるな!」と言いたい。

おそらくそのせいで編集長(クズ)は僕のインタビューを頑なにしないのだと思う。締め切り時期となるといつでもインタビューを受けられるように喫茶店の窓際でスタンバイしているのに。

北見で一番のゲットー(高栄西町区域)育ちでイケてる彫師のインタビューをしないなんて無能のインポ野郎だ!
1988のページ数で換算すると楽に50冊分以上のボリュームで見る人を飽きさせない内容を約束出来るのに!札幌時代に社長さん(ヤクザ)から新車の高級外車を頂いたり、芸能人でもIT成金でもないのに女3:男1の4Pを幾度となく経験したりといったロマンチックなお話をいつかインタビューでお伝えしたい。

先ほど高栄西町区域の話が出たので今回はかつて眩しく光っていた頃の高栄西町区域のお話でもしたいと思う。

今でこそ開発が進みすっかり綺麗になってしまっている旧ゲットー。東急ストアはドラッグストアにプラ高はリサイクルショップに。高栄湯は当時と変わらず入墨者にも優しい。僕たちが過ごした時代は長屋スタイルの朽ち果てんばかりの団地群が異彩を放つ地域だった。今では全く見なくなった野良犬も海外のスラムにいる痩せこけた野良犬のテンションと同じにあちこちに横たわっていたものだ。もちろんそこに住む住人も一癖も二癖もある人達ばかりで、今思えば大半が犯罪者か異常者かヤクザだったのではないかと思う程だ。

時代的に戦後40年程だったので戦争体験者のおじいちゃんおばあちゃんも元気に暮らしていた。年端も行かない僕に意味不明な軍国主義をヒトラー形式で唱える四肢の欠損したおじいちゃん、「飴をあげるよ」といって僕にヨモギのような草を固めた名前もわからないものを食わそうとするおばあちゃん。もう死んじゃったと思うけどたくましく美しかった。

団地の壁にドジョウをぶつけて異臭と狂気を放つおにいちゃん。それが60年代のニューヨークならアンディー・ウォーホルに見初めたれただろうがおそらく精神病院に入院しただろう。

雨が降るとバールに似ているがバールではない自作の道具を用いて段々になっている団地から団地に独特な道筋をつけて道路まで川を作るおじさんもかなりストレンジだった。粛々と淡々と川筋を作る。そのエネルギーと感性は違う所に使うべきだと思うがそれを言うのは野暮だ。

金貸しのキツイ取り立てが来るとうちの団地に逃げて来た親旧(チング)。取り立てに来ていたヤクザの下っ端みたいなチンピラと出来ちゃってそいつと飛んだチングのお母さん。その後彼はダークサイドに堕ちシャブでケボリかけたりヤクザになったりと波乱万丈だったが今でも仲がいい。この地域で過ごした仲間はなんだかんだあっても固い絆で結ばれている。

そんな素敵な地域に同年代のゲットーキングがいた。彼のライフスタイルはなかなかハードコアで今でも忘れられることなく鮮明に覚えている。

彼は当時10歳くらいだったが10個以上離れている様に思っていた。僕がチンコを触りながら歩いていると僕を見つけ部屋に誘ってくれた。狭い団地の部屋はゴミの中にゴミがあるといったいわゆるゴミ屋敷の様な空間。彼は僕と年も変わらないのにマイルドセブンを嗜む紳士。タバコをくゆらせながらテレクラにイタズラ電話をかけるのが楽しみの一つだった。自殺の多い近くの林で遊ぶ時も子供なのに首吊りした木を探したり、女性の体に似た節を持つ木を探したり、雨に濡れているのか本に出したのかわからないカピカピになったエロ本を探して持って帰ったりと結構なハードワークをこなしたものだ。

結構問題だと思うが親御さんはほぼ24アワーいない。一度親御さんが見知らぬ男性とゴミの中でセックスしている時にバツ悪く二人で帰宅して思いっきり怒られたのはいい思い出だ。劣悪な環境にも本人は暗い表情も見せずスーパーに夕飯を万引きしに行く。生活力が桁違いだ。その後治外法権の体をなすこの地域にも福祉局の手入れが入り劣悪な環境で暮らす彼はどこかの親戚の所に行ってしまったそうだ。お別れをしないまま今に至っているのが心残りだ。きっと立派な犯罪者になっているか極端に幸せにしているか。彼の場合0か100だろう。

その時代貧しくもたくましく生きていた当時僕の周りにいた子供や大人たちに貧しさや今の環境を呪う人がいなかった様に思える。やはり素敵な高栄西町区域。

まだまだ幼少期のエピソードと青年期のエピソードのストックは沢山あるのでいつかインタビューでお話しましょう。きっとクズ編集長は僕にインタビューを実施しないだろうけど。

こうすけのぽつりひとりごと

Kosuke Goto (inc cat tat2)

某フリーペーパーにて掲載されていた往年の名作コラムが1988にて復活!

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