HUMAN

2016.04.11

石栗 嘉 × 中西 拓郎

1988年生まれにスポットを当てる、ABOUT 1988。

今回は多岐に渡る地元網走の広報に携わる石栗 嘉さん。地元を離れてからか帰郷に至るまで。自身が思い描くこれからの街おこしのカタチについて話してもらった。

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今住んでる場所を誇りに思えるような女の子がいっぱい増えたらいいなって。

 

中西(以下、中)高校卒業してから街を出るまではどういう経緯だったの?

石栗(以下、石)その時はとにかく網走から出たくて出たくてしょうがなくて。出られるならどこでもいいってくらいの気持ちでした。

中 意外だね。今すごく街のことを考えた行動や活動をしてるから。

石 うん(笑)最初は料理が好きで、校舎も綺麗だからって理由で進学を決めるくらいで。本当にその時はファッション感覚だった。短大に通うようになってからはバイトを始めて。一緒に働いていた人が独立する時に立ち上げから携わって、店長として迎え入れてくれようとしてて。その時は認められてることが嬉しかったし、期待されてるのをすごく感じたから文字通り寝る間も惜しんで働いた。それが20歳くらいの話。だけどその期待に応えられなくて。仕事に没頭してるのもあって、本末転倒なんだけど。そして結局学業の方が疎かになってしまったんだ。本当に悪循環だった。サービス業はすごくおもしろくて自分も大好きだったんだけど、結果を出せなかったことでうまくいかなくなったのと学業の方もダメになってしまって。それを挽回するためにはもっともっと自分を高められる所にいかないとなと思って、サービスの最高峰と言われるオリエンタルランドに行こうと思ったの。

中 ディズニーが好きとかそんなことではなく?(笑)

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石 キャラクターの名前とかも言えなかったよ(笑)

中 なるほど(笑)でもそこである種、早い段階での気づきと挫折を経験したんだね。それこそ何年か前に「ディズニーのおもてなしが〜」とかって流行ったじゃない?そういうことで実際、身になった部分ってあった?

石 ディズニー行ってからは毎日が本当にすごかったし、楽しかった。入った時の印象が本当にすごすぎて。サービスも素晴らしいし夢もある、それはキャストである私たちに対しても変わらなかった。

中 ミッキーの中とかは・・・

石 本当に見れない(笑)ミッキーは裏でも私たちに頑張ってとかバイバイとかしてくれて、ディズニーの中で働くようになってからだって私は一つも夢を壊されなかった。

中 本当に徹底されてるんだね。そんな所で学びを得られたのはすごく良い経験だったでしょう?

石 そう、徹底してるの。キャスト(スタッフ)だけがディズニーランドを楽しめる日があって、そのときは社長自らカストーディアルと呼ばれる清掃員の恰好をしてくれたりだとか。普通ないよね、そんなこと。それだけじゃないけど、そんな風に働く満足度みたいなのものがすごいあったし、どこの企業も真似すればいいのにとかディズニーランドが政治やったらうまくいくのにとか思った。

中 傍から見ると完璧な組織だからすごく厳しいのかなあ、と思ってたんだけど。

石 そう、よくマニュアルすごいでしょ、って言われるんだけどマニュアルなんてなくって、本当に簡単なことばが六個あるだけ。良い事したら今のグッドショーだったね、いいショーだったねって。で、ダメなことがあったら、今のはちょっとバッドショーだからこうこうこうしましょう、と。あとは行動規準に『SCSE』って言葉があって、その『SCSE』っていう順番が大切で、『S(セーフティ)』安全第一、『C(コーテシー)。』礼儀正しさ。安全の次は礼儀正しく。で、次が『S(ショー)』。目に入るものすべてがショーになる。そして最後に『E(エフィシエンシー)』は効率。どんなときも効率は一番最後に来る。だから今なにしようってなったときにも、まず安全、礼儀正しさ。それがショーになるから。で、効率と。それだけは守ろうねって。だから後輩から「こういう時はなにをしたらいいですか?」と聞かれたら何が一番?って聞いて、安全ですって答えるから、それならこうだよね、みたいに全部繋がった考え方が出来るの。

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期待してもらってるのをすごく感じるから、それに応えられるように頑張りたい。

中 全部理由付けが出来ると。矛盾が生じずやっていけるのはすごくわかりやすいし、やりやすいんだね。

石 そうそう、だからごみを拾ったら魔法のクズを拾ってるとかこうしなさいってのはなくて、それはみんなが勝手に…勝手にっていうか頭の中でそれがショーになるなって考えたことを言ってる。っていうことかな。一番最初にここが全部ショーで、キャストは役者で、ディズニーリゾートは青空を背景とした巨大なステージの、あなたは役者なんだよって。ここでAボタンおしましょう、Bボタンおしましょうっていう手順はあるけど、こんなふうに言いましょうとかは決してない。各々好きなことを言ったりやったりしてるだけなんだ。

中 特段好きなわけじゃないんだけど、俺みたいなのがディズニーランド行ってもすごいグッと来る瞬間ってあるんだよね(笑)「うわ、ミッキーいる!」みたいな。そういうのもすべて演出されたものであるからこそなんだね。

石 そう、すべてがショーなの。

中 それからしばらくして網走に帰ってくることになるきっかけってなんだったの?

石 ディズニーに入ってからはディズニーで一番になりたいと思ってて。アンバサダーってディズニーの親善大使になりたくて、毎年100倍の倍率の試験を受けてたんだ。その時に30人まで残ったときがあって。結果はダメだったんだけど・・・でもその時に自分の地元のことを聞かれたりだとか、「北海道っていいところじゃん、なんで北海道から帰ってきちゃったの」とか言われて。こんなにおしゃべりで、話すのは得意だと思ってたのに地元のことを知らないからどもっちゃって全然話せなくて。当時働きながら夜間のアナウンサー学校にも通ってたの。アナウンサー学校に行っても言われたのが、まず10分間自分の地元の話をしてください、自分のルーツの話をしてくださいってことで。そこからはじめて自分の地元の網走のこと調べるようになって、流氷パタラを知ったの。それが次の年第40代なんだって、節目の年なんだって。地元の良さだとかそうゆうことをすごく理解するようになって、それで帰ることを意識しました。

中 そうだよね、北海道以外の人に北海道の「あそこめっちゃよくない?」とか聞かれても、こっちは「そうなんすか?そんなとこしらないよ!」みたいな。俺もすごく恥ずかしかった。

石 わかる。こっちに戻って来てからもまだ色んなジレンマがあってもどかしかったりもしたんだけど、ちょうど同時期に仲の良かった友達とかが一気に帰って来て。それが本当に救いでそこから色んないい方向に向けたと思う。友達と話してて、「え、網走永住なの?」「そうだよ、永住だよ。フォーエバー網走だよ!」って(笑)そんな掛け合いから今、私たちが運営してる団体の名称が決まったんだ。

中 網走よ永遠にかと・・・

石 それもあるんだけど、網走永住とか。戻って来れない子はいるけど、気持ちはずっと網走だからって。今住んでる場所を誇りに思えるような女の子がいっぱい増えたらいいね、って。Forever網走については友達に言われるくらい賛否両論で落ち込むこともあるけど、私たちより若い子も、網走出身じゃない人も一緒にやろうって言ってくれる。そういう事がすごく支えになってるんだ。

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中 郷土愛があっても実際には帰って来れない人もいるしね。帰って来たいけど、仕事がないとか。だけどそういう人が帰って来た時に受け皿みたいなのが出来てたらすごくいいよね。Forever網走ってどういう集まりでどういった活動をしていくの?

石 網走の若手の女の子だけの街づくり団体ってことになってて、街に貢献することや網走の女の子が網走で楽しいことを見つけてくれればいいなって。網走って何もないとか、仕事と家の行き帰りだとか言う子がすごく多くて。でも網走って楽しいなって思える、女の子がキラキラするような明日が来るのが楽しみ、今日が楽しかったなって思えるのが目的。あとは網走じゃない子もメンバーに入れて、一緒に何かしていきたい。たまにの帰省にただ朝まで飲むとかそんなことだけじゃなくって…もっと建設的な。例えば今地方に住んでいる人とだって出来ることがあると思ってて。姉妹都市である網走と糸満市でそこを行き来出来るようなシステムを作って各々キチンとアテンドもするし、地元のおもしろさを地元の同世代の人間がリアルに伝える。そういうこともやりたいねって話してるんだ。北海道に旅行と言えば札幌とかになりがちだけど、このオホーツクにも沢山来てほしいねって。いっぱい素晴らしいところがあるんだから。

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中 そこに来る人間もおもしろそうだね。今流行ってるゲストハウスとかだって、安く宿泊出来るだけじゃなく、そういう現地のナマの情報が欲しくて訪れるって側面も多いにあるでしょ。そういうのがこの辺にもあったらすごくいいよね。出会いの場にもなるし。まだまだ始まったばかりだしこれからが楽しみだね。今メンバーは何人?

石 網走在住は17人。網走外が15人。で32人。今は準備期間にさせていただいて、4月から毎月例会として、一年間女の子が楽しめることを例会として取り組んでいこうと思ってます。網走のものをつかって女の子らしいイベントをやっていければいいなって。網走にはABCクッキングスタジオみたいなのはないし、お料理習いに行きたいけど、ない。ならつくろうよって。そういうのもイベントの一つとして。それをどんどん発信して網走のものはおいしいんだよって、もっと自分の街に誇りを持とうっていうことに繋げたり出来ればいいかな。

中 嘉ちゃんが今やってることって全部繋がってる気がして。アナウンサーの仕事で地元のイベントに参加するのもオホバンもフォーエバー網走も。そういうのっていいよね、一貫性があるっていうか。片方ではこんなことやってもう片方ではまったく違うことやっててって、整合性がとれないのはもったいなかったりするから、めちゃめちゃ相乗効果を生みそう。

石 意識してなかったけど気付いたら繋がったって感じかな(笑)それこそ今の本職の司会業でたくさん地元の勉強もさせてもらってるし、そういうことを全部まとめて自分の力にしていけたらいいなって思ってる。まだ全部が始まったばかりだけど、期待してもらってるのはすごく感じるし、それに応えれるような活動も成果も残していきたいなと思ってます。

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石栗 嘉(いしぐり よしみ)

ボイスオブオホーツクスカイ所属・ FOREVER網走・オホーツク情報発信番組

1988年生まれ、網走出身。短大進学後、飲食店勤務を経て、(株)オリエンタルランドに入社。2014年帰郷後、第40代流氷パタラを歴任。ボイスオブオホーツクスカイ所属やFOREVER網走の設立。オホバンパーソナリティ等、精力的に地元広報活動に携わる。

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