HUMAN

2016.04.11

安田 北斗 × 中西 拓郎


ABOUT 1988

 

1988年生まれにスポットを当てる、ABOUT 1988今回は農耕民族・ぼんち茶屋の安田北斗氏。

彼のこれまでの軌跡とこれからの展望とは。

看板

中西(以下、中) 北斗といえば、やっぱりまずは『みどりの研究所』についてってことになると思うんだけど、あの当時、またその前も含めて、みどりを始めるにあたって考えていたことってどういうことだったの?

安田(以下、安) 小学校位からの夢がただ漠然と社長になるってことで(笑)身近な社長さんを見て、なにやってるかわかんないんだけど、好きなこと出来て好きな物持てて、いきいきしててカッコいいなあ、って。本当にただ漠然と自分もいつか社長になれる、って思ってた。でも高校卒業するくらいにやっとこのままじゃ社長になれないって気付くんだ。その時は就職する気も進学出来るわけでもなかった。だから色んな刺激を受けたくてとりあえずカナダに留学しようと。そして留学してから向こうで将来貿易会社をやりたいって人に出会ってさ、色々学ぶわけ。そこで初めて社長ってビジネスをするもんなんだって知るんだよね(笑)ビジネスって燃えることが出来る物なんだって、今まで部活くらいにしか熱くなったことのない自分でもビジネスにならまた心血注げるんだ、って初めてそこで知ることになるんだよね。だからビジネスをやってみたいなあ、って。そして日本に帰って来て、沖縄でしばらくの間過ごすんだけど、色んなことやって出店なんかで稼いでるうちに自分にはモノ作りの才能がないから、飲食をやりたい、カフェをやりたいなって思った。本当は沖縄でカフェをやりたかったんだけど、成人式で北見に帰って来た時、沖縄に帰るお金がなくてね(笑)それでそのまま北見に残って北見でカフェをやろうって思ってさ。その年の5月にみどりを出すことが出来たんだよね。

中 今でこそもう珍しくなくなってきたけど、当時としては素材にこだわったり、身体に優しいってことが売りだったり。この辺で言えばだいぶ速い動きだったんだろうなって思うんだけど、そういうコンセプトにしたっていうのは何かあったの?

安 正直あの時はもう本当にただのファッション(笑)健康志向ブームだったり、東京にそういうお店があったり。時代の最先端を行ってる俺ってカッコいいでしょ?っていうファッションだった。そういうことを売りにすればお客さんって来てくれるんだろうな、って本当に安易に考えてたんだよね。

追加

中 うんうん(笑)でもまあ初期衝動がどうあれ、そのことがきっかけとなってその道にどんどん傾倒していくわけだよね。その最中、みどりが終わるくらいの時、今の三人で農耕民族を立ち上げるわけだけど。

安 みどりをやってる頃って恥ずかしい話、自分が本当にテングになってたんだよね。20歳で店を始めて、お客さんも来てくれるし、街に出ればほっくんほっくん言ってチヤホヤしてくれる。オーナーだとか経営者だとか青年実業家だねー、なんて言われてさ。本当に増長してて。そしてその増長した分、仕事も疎かにしちゃってさ。お酒飲むのだったり、友達と遊ぶのが楽しかったり。そして店を結局ダメにしてしまって。その頃はすごく偉そうなことをバンバン言うし、お金もバンバン使うし。商売やってる人だったら、そんな風にお金を使ってくれる人にわざわざ意見なんかしてくれないしさ、どんどんいい気になってたわけ。だけどそんな時に山さんと太郎(農耕民族・ぼんち茶屋)が世界中色んなとこ旅して帰って来て、きっと俺のことも客観的に見てたんだろうね。いいところとか悪いところとか。中学校から一緒だからさ、本当にストレートに言ってくれて。耳の痛いことも沢山あったけど、すごい居心地が良かったんだよね。そして自分が商売をやってる時にだいたい仲間だと思ってた人たちって、自分が商売辞めた途端、全然連絡くれなくなったのね。一緒に酒飲んでた人だったり、商売やってる人だったり。だけど、そんな中にあってもやつらは毎日連絡くれてたし、お金が無くても遊ぶのは楽しかった。今までの経験や知恵や繋がりを生かしてお金がなくても出来ることってその時も今も農業だけだったし、三人で一緒のことをやりたいって。農耕民族って名乗って、そうゆうことをやろうって決めた。ただそれだけなんだよね。

中 このぼんち茶屋もただ単にお店を出したいっていうことだけじゃなくて、これから3人がやりたいことの中の一部分ってことだと思うんだけど、三人での農耕民族の目標や目指す道ってどういうところなの?

北斗縦長

安 ざっくり、本当に超簡単に言えば、「超小さい農協」を作りたいってことなんだよね。おこがましいんだけども、この地域のおいしいものだったり、いいものだったりを自分たちの足で集めて、それを作っている人達と繋がって、それをこの地域の外に発信したい。こんないいものがあるんだよ、こんなおいしいものがあるんだよっていうことを。

中 こうゆう業界にとっての大きなメディアになるってことだよね。自分たちが作るんではなくて、そうゆうプロモーションの部分のみをもし担わせてもらえることが出来たら、生産者にその側面の負担はなくなるわけで、純粋にいいものを作ることだったり、おいしいものを作ることだけに専念出来るよね。

安 うん、そうゆうことなんだ。俺達も自分達自身でそうゆうものを産み出せないかって自分達で畑もやってみたし、今もやってはいるんだけど、経験もスキルもやっぱり到底敵わないわけなんだよね、そうゆう人達に。例えば3年カフェやったとして、毎日コーヒーを落とすわけじゃない?通算すると何百杯コーヒーを入れることになるわけでしょ。あの人達の場合、30年農業をやって、「俺達まだ30回しか野菜作りやってねえからなあ。」って言うわけ。本当敵わないよ。だからそんなちょっとやそっと2、3回野菜を作ったばっかりの俺らが「これおいしいですよ。これ食べてください。」なんて言っても全然説得力ないし、全然理に適ってないわけなんだよね。それだったらいいものを作ることの知識や経験が無い分、フットワークでおいしいものだったり、情報を集めてそれを外に外にどんどんアプローチする。そうゆうことをさせてもらいたいと思ってる。本当におこがましいんだけどもね。何をこんなポッと出のガキがとかって思われると思うんだけどさ。そうゆう方法で生産者、消費者、両方にいいことを届けられたらな、って思ってるんだ。

北斗ピン

中 まだまだこちら側の力量が未熟だから始めは釣り合わないことは確実なんだけど、お互いに出来ないことや追いつかないことを分業して、それぞれが自分の得意な部分だけに注力するってイメージなんだ。

安 俺達は若いしさ、何を始めるにしてもゼロからなわけじゃん。ただひたすら情熱を燃やして頑張らなきゃいけないわけで。なんかそうゆうビジネス的な側面を抜きにして、生産者の人から「これ使ってくれてありがとうな」とかお客さんから「おいしかったよ」とか言ってもらえるのが今は本当に嬉しいんだよね。

中 うんうん。こっちがさ、勝手に始めるわけじゃん?でも相手方からしてみればそんなことは必要ねーって思われたりって温度差が必ずあると思うんだよね。それこそどこの馬の骨かもわからんヤツがー、ってさ。だけど、その先に自分たちが頑張って、もしもある程度の橋渡しが出来るようになった時には、生産者にとっても消費者にとっても絶対にプラスなことしか待ってないよね。拡めてくれてくれてありがとう。こんなおいしいものを届けてくれてありがとうって。みんながハッピーになれる仕組みだよね。

安 そうゆうことを目指して行きたい。生産者の人達ってさ。本当に情熱を持ってるんだよ。俺達もかなり歩いて、かなり沢山の人に会って来たけども、みんなが思っている以上、そのもっともっとそれ以上に生産者の人達は俺達消費者のことを考えてくれている。そうゆうことって俺達も実際に会って話すまでわからなかったし、これからももっともっと勉強させてもらうことがあるから、そうゆうことを広く伝えていけたらなって思うんだよね。あの頃増長した分、本当にこれからは謙虚にマジメに誠実にさ。そうゆうことのみを追求していきたいよ。

中 分野が違うだけで、俺がやりたいことっていうのも同じなんだよね。例えばこの街のいいところだったり、カッコいいところだったり、常日頃発信出来ない想いだったり。そうゆう魅力をまとめてパッケージングして外に発信出来るメディアを作りたい。そうすればこんないいところが沢山あるんだ、とか行ってみたい、とか今まで刺さらなかったことが刺さるようになると思うんだよね。今は本当に微力で何の力にも助けにもならないちっぽけなものなんだけどもゆくゆくはそうゆうことを担わせていただきたいと思ってる。やろうとしてることは一緒だよね。

安 そうだね。原石はその辺に散らばってるから、あとは磨き方次第だよね。

中 ありがたいことに俺達の世代って諸先輩方とか上の世代の人からおもしろいとか変わってるとか粒ぞろいだなんて言ってもらえたりもするじゃん?だけど結局まだ全然誰も芽が出てなくて、まだまだ燻ってる状態が続いてるわけで。

安 そうだね、本当にまだまだまだまだ全然だよね。

中 俺達だけじゃなくこれは若い人ほぼすべてに言えることだけど、お金も持ってないし、この先どうなるんだろうって漠然とした不安が漂ってるよね。俺達なんて生まれた時からそうゆういわゆる良い時代ではなかったわけだし。でもそろそろそうゆう諸々をぶっ飛ばして、自分たちの時代を強く生きて行かなきゃいけないと思うんだよね。そうゆう悪い流れを払拭出来たなって、この年代くらいから空気が変わったねって思ってもらえるような大きなうねりにしたいと思ってこの雑誌に1988ってつけたんだよね。

安 生まれたときにバブルがはじけて、いわゆるゆとり第一世代って呼ばれ、小学校入学時に阪神大震災、中学校入学時に9.11、高校卒業時に履修漏れが発覚、就活時にはリーマンショックで就職氷河期、大学卒業時に東日本大震災。節目節目でそうゆうネガティブな出来事からモロに影響を受けてるよね。老後だって年金がもらえるかわからなかったり、その他色んな不安要素が潜んでたりで時代が後押ししてくれてるって感は全然ないけども。

中 うん。そうゆう不利なこととか全部乗り越えて、生きやすい良い時代にしていきたいよ。

 

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